日本に帰ってきて驚かされたのが、義務付けられている健康診断です。
ある日、教頭先生から「健康診断結果です」と結果用紙を渡されました。
それは、封筒には入っていませんでした。
私の健康状態を教頭先生は、見ることができたのです。
私のごくごく個人的な問題を第3者に見られてしまうことに
大きな違和感を覚えました。
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10数年前、日本に一時帰国した時、慶応大学付属病院で診察を受けたことがあります。
小一時間ほど待たされて、案内された診察室は、薄いカーテンで隣の患者さんの声がはっきり聞こえるようなところでした。隣では、声の大きな男性のお医者さんが問診しています。
私にも、隣の患者さんの病状がはっきり聞き取ることが出来ました。
「えっ!自分の診察のときも隣にまるまる聞こえるじゃないか。」
私の担当医は30歳ぐらいの小柄な女性でしたが、遠くまで聞こえるきれいな透明感のある声の持ち主でした。
思わず「少し小さな声で話してくださいませんか」と言ったことを今でもよく覚えています。
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私(わたくし)と公(おおやけ)の線引き。
自分と他者との距離感。
プライバシーについての考え方。
ドイツと日本では、大きく違うようです。
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「プライバシー(個人的な領域)」という意味に繋がるのか、少し疑問なところもありますが、ある年のクリスマスイブ、激しい腹痛に襲われて、マンハイム(ドイツ中部の街)の病院に入院した時のはなし。これは面白いかもしれません。
まずは、比較のために2017年、母が入院した時のことです。
全てのお世話をしてもらわなくては生活できない状態でした。
父と私が病室にいると、看護師さんがやってきて、
母に一瞥すると、おもむろに「下のお世話」をし始めました。
父や私のいる前で何の躊躇ありません。
私は、母の気持ちになるとかわいそうで仕方ありませんでした。
意識が朦朧としているとは言え、この対応は衝撃的でした。
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今度は、20数年前のお話です。
ドイツに長くいたので、3度ほど入院しました。
一度目は、クリスマスイブの夜。フランクフルト空港へ友だちを見送って、さあ今から楽しく遊ぼうかな・・と思っていたら、激しい腹痛に見舞われました。
尋常な痛みではないので、すぐに家の近くの病院に駆け込みました。
あまりの痛さに、なんども吐いたほどでした。
早く診察して、手術でも何でもしてほしいと思っているのに、
看護婦さんの(キリスト教系の病院だったのでシスターでした。メガネをかけた白髪のおばあさんでした。)とても丁寧な問診が続きます。
「お願い早くして!」と言っても、「だいじょうぶよ!」とにっこり笑って、テンポは速くなりません。やっとのことで問診が終わると、女医さんがやってきました。
やっと診察です。
「では、診察するので、ズボンをおへその下まで下げてください。」
私は、痛くて体をよじりながら痛みをこらえている状態です。
手を動かすこともしんどかったので、必死でお願いしました。
できません!お願いだから先生、下げてください!!
すると、冷淡な答えが返ってきました。
「しません!私の仕事ではありません」
泣きそうになりながら(本当に泣いていたかも知れません)自分で言われたとおりにしました・・・
その後、無事に盲腸の手術は終わりました。
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それから10数年後、今度は泌尿器系の病気になりました。
妻が毎日来てくれました。看護師さんとも顔見知りになっていました。
手術後に、尿管カテーテルを入れなければいけない期間がありました。
何日間ごとにカテーテルを交換します。
たまたま、妻が病室にいるとき交換することになりました。
学校を出たばかりのような若い女性の看護師さんでした。
彼女は私の妻に言いました。
「病室から出てください。個人的な領域にかかわることですから」
「妻」であっても、私の「個人」が尊重されるのか!?
あっ!
妻と私の目線が一瞬合ったような気がしました。
若い看護師さんと二人きりの方がよほど不自然だと思いましたが、
そんな考えこそ不謹慎であり、未開の国の人の発想なんじゃないかと
思って黙ってしまいました。
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日本の病院、ドイツの病院との違い。
個人とはなにか?
もちろん・・どちらが良いとか悪いとかではないのですが・・・・