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ようこそ さつき野学園のホームページへ! 笑顔あふれるさつき野学園を目指しています。今年度もよろしくお願いします。

教育委員会からのお知らせ(各学校園の最新記事はこの記事の下をご覧ください)

[市HP]学校園における新型コロナウイルス感染拡大防止に向けた対応
●登校園前には健康観察(発熱等の風邪症状の有無の確認)を行い、体調不良の際には登校園をお控えください。また、お子さまが濃厚接触者に特定された時や、PCR検査を受ける時には、速やかに学校園に連絡してください。
[市HP]学校園における新型コロナウイルス感染症拡大防止にご協力ください
●差別・偏見の防止に向けて
[市HP]新型コロナウイルス感染症に関する差別・偏見の防止に向けて【文部科学大臣からのメッセージ】
●新型コロナウイルス感染症の影響による経済面などのお困りごとにワンストップで対応し、適切な支援へとつなぐ相談窓口を12月1日から開設します。
[市HP]新型コロナ・生活相談コンシェルジュ

感嘆符 ■温かいスープ 〜9年1組 国語〜

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今道友信さんの書いた「温かいスープ」の学習です。

この文章の最後あたりにこんなことが書かれています。

「国際性,国際性とやかましく言われているが,その基本は,流れるような外国語の能力やきらびやかな学芸の才気や事業のスケールの大きさなのではない。
それは,相手の立場を思いやる優しさ,お互いが人類の仲間であるという自覚なのである。 その典型になるのが,名もない行きずりの外国人の私に,口ごもり恥じらいながら示してくれたあのひとたちの無償の愛である。」

戦後まもなく外国でお金もなく過ごした筆者の心からの叫びです。

9年生の心にも「無償の愛」の意味が届いているはずです。

感嘆符 ■今朝の登校風景 〜健康管理〜

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元気に登校してくれるさつき野の子どもたち。
保護者の方々による健康管理の賜物だと感じております。ありがとうございます。

冷え込みもこの時期一段と厳しくなってきています。風邪も含めて基本的な感染症対策を続けるとともに,規則正しい生活リズム(早寝早起き朝ごはん)を整えることで免疫力の向上につながります。

さつき野一丸となって,この状況に打ち勝ちましょう。

感嘆符 ■今朝の登校風景 〜健康管理〜

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元気に登校してくれるさつき野の子どもたち。
保護者の方々による健康管理の賜物だと感じております。ありがとうございます。

冷え込みもこの時期一段と厳しくなってきています。風邪も含めて基本的な感染症対策を続けるとともに,規則正しい生活リズム(早寝早起き朝ごはん)を整えることで免疫力の向上につながります。

さつき野一丸となって,この状況に打ち勝ちましょう。

感嘆符 ■そしゃく力チェック 〜6年・7年〜

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本日6年生・7年生対象に,「噛む力(そしゃく力)のチェック」を,校医歯科医の先生監修のもと行いました。

噛むことは,満腹中枢の刺激にもつながり,肥満の防止や集中力の向上,唾液の分泌を促し消化の助けにもなります。

■そしゃく力チェック 〜6年生・7年生〜

 感染対策をしながら,6年生は2限目に行いました。
 噛む力といえば,「ワニ」を思い浮かべますが,大事なのはウシのように噛む力が大事ですと教えていただきました。
 自分たちの噛む力が,色となって現れますので,奥歯でしっかり噛むことを実感した時間となりました。
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■そしゃく力チェック 〜6年生・7年生〜

 3限目に7年生が行いました。
「この色って先生,噛めてますか?」自分の結果を,先生に診てもらっている生徒がいました。
「奥歯で噛めていないのでは?前の方で噛んでいるんだと思うよ」と,助言がありました。
 2回目は,噛むことを意識し,結果は,思うとおりになったようです。
 噛むことの重要性に気付くのが今回のねらいですので,一つの意識付けになったようです。
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感嘆符 ■いざという時のために 〜カンパン〜

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本日の小学校給食に「カンパン」が一つついていました。

非常食として有名な「カンパン」です。

阪神・淡路大震災を契機に創設された「防災とボランティア週間」(1月15日から1月21日まで)にちなんで今日の給食に「カンパン」が出ました。


カンパン=「乾パン」のことで缶入りのものだと賞味期限は「約5年」ということのようです。

防災献立

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今日の給食は
ごはん・牛乳
ポークカレーライス
ホットサラダ・ドレッシング
かんパン でした。

 災害が起きた時に備え,水や火を使わなくても食べられる「非常食」の準備をすることはとても大切です。わたし自身も,台風で停電・断水に見舞われた経験があり,食べ物や生活に本当に困りました。水や非常食の大切さを身をもって感じたからこそ,それ以来,家には必ず非常食を準備するようにしています。

 皆さんのお家には,非常食はありますか?帰ったら,是非聞いてみてくださいね♪

感嘆符 ■地震避難訓練 〜1・17を忘れない〜

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休み時間に地震が発生したという想定で3・4時間目の休み時間に避難訓練を実施しました。
今日避難訓練があることは,児童生徒の皆さんには伝えていたものの,いつするかはあえて伝えていません。

運動場にいる子ども,教室にいる子ども・・・それぞれが自分の身を守る行動をしています。すばらしいことです。

放送で地震の揺れが収まったことを伝えると,運動場へ避難を開始します。

全校生徒が避難にかかった時間は,4分19秒。
休み時間に行った訓練では優秀です。

命に係わる訓練です。真剣に行わなければならないことを子どもたちに話しました。
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感嘆符 ■地震避難訓練 〜1・17を忘れない〜

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休み時間に地震が発生したという想定で3・4時間目の休み時間に避難訓練を実施しました。
今日避難訓練があることは,児童生徒の皆さんには伝えていたものの,いつするかはあえて伝えていません。

運動場にいる子ども,教室にいる子ども・・・それぞれが自分の身を守る行動をしています。すばらしいことです。

放送で地震の揺れが収まったことを伝えると,運動場へ避難を開始します。

感嘆符 ■地震避難訓練 〜1・17を忘れない〜

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休み時間に地震が発生したという想定で3・4時間目の休み時間に避難訓練を実施しました。
今日避難訓練があることは,児童生徒の皆さんには伝えていたものの,いつするかはあえて伝えていません。

運動場にいる子ども,教室にいる子ども・・・それぞれが自分の身を守る行動をしています。すばらしいことです。

放送で地震の揺れが収まったことを伝えると,運動場へ避難を開始します。

本日の給食(7・8・9年生)

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 本日の献立は、ご飯・牛乳・ボルシチ・白身魚フライ(ソース添え)・キャロットソテーです。
・エネルギー:784kcal
・タンパク質:27.9g
・脂   質:19.1g
おいしくいただきます。

感嘆符 ■今朝の登校風景 〜27年前に阪神淡路大震災が起こりました〜

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曇り空の朝を迎えました。そのためか,寒さはあまり感じない朝です。

今日は「阪神淡路大震災」のあった日です。

今日に合わせて,地震避難訓練を行い,日ごろの天災への備えをします。また,このHPにも掲載している学園長の震災体験を放送で子どもたちに伝えようと考えています。

福島県の東日本大震災もそうですが,風化させないことが大切です。

感嘆符 ■今朝の登校風景 〜27年前に阪神淡路大震災が起こりました〜

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曇り空の朝を迎えました。そのためか,寒さはあまり感じない朝です。

今日は「阪神淡路大震災」のあった日です。

今日に合わせて,地震避難訓練を行い,日ごろの天災への備えをします。また,このHPにも掲載している学園長の震災体験を放送で子どもたちに伝えようと考えています。

福島県の東日本大震災もそうですが,風化させないことが大切です。

感嘆符 ■27年前の今日,「阪神淡路大震災」を忘れない

27年前の1月17日を忘れない

 当時の私は30歳。仕事は今と違って大阪梅田へ通勤する会社員でした。その3年前に結婚し兵庫県の三田市というところにマンションの11階で日々を送っていました。

 27年前の1月17日。その日は3連休明けの初日でした。その当時“成人の日”は1月15日と決められていました。その年の暦ではちょうど土曜日と日曜日が成人の日につながった3連休になっていました。なのでよく覚えています。「あぁ,明日会社へ行かなあかんなぁ。3連休明けはしんどいな。」と思いながら前日の夜早めに床につきました。

 翌朝,目覚めたのは午前5時30分。地震の起こる16分前です。自宅から会社まで約1時間30分の距離でしたので,いつもこの時間に起きていました。コーヒーを飲もうと,いつものように台所に立ちやかんを火にかけました。外はまだ真っ暗です。寒い朝だったので,寝ぼけまなこでガスの火で暖をとっていました。

 5時46分,最初強い横揺れが起きました。「ん?」。食器棚がそのまま横滑りで自分のほうに向かってきます。火にかけたやかんからはジャブジャブと煮えたお湯がこぼれてきます。片手で食器棚を押さえ,片手で火を止め揺れが収まるのを待ちました。次に縦揺れ。ドカンドカンと体が上下に揺れました。実際には数十秒〜数分であったと記憶していますが,その時は「え?え?いつ止まるの?まだ?」と何倍もの時間に思えました。その間にも居間のほうではガチャンガチャンと物が倒れたり割れたりする音が聞こえてきます。

 「えらい大きな地震や!」

 揺れが収まった後,倒れたものなどを元に戻しそのままコーヒーを淹れ,テレビを見ながら朝食をとります。(私が住んでいた三田市は兵庫県の中でも北部にある山間部のニュータウンでしたので,直接的な被害はあまりなく死者も出なかったのです。)
東京キー局のテレビを見ていたので,地震のことは大きくは触れられず(速報のテロップレベル)私自身もいつもの時間に家を出発しバス停へ向かいます。バスも時間どおりに来て駅へ向かったのです。駅に着き,そこで初めて事の大きさに気づきました。駅にはいつ動くのかわからない列車を待つ人でホームはあふれかえっていました。私自身も1時間ほど待ちましたが動く気配すらありません。公衆電話にも長蛇の列が出来上がっていました。三田市は大阪・神戸のベッドタウンとして当時全国一,人口増加率が高い街として注目されていたところです。なので急激な人口増加に公共施設が間に合わないような状態でした。駅前は雑然と人であふれかえっています。携帯電話は出始めたところです。私自身持ってはいましたが,全くつながらない状態です。公衆電話もいつ空くのか全く読めない状態です。私はどこにも連絡がつかない状態のまま,バスで来た道を徒歩で自宅まで戻りました。

そのころにはテレビでも地震の状況を伝え始めていました。特に在阪局の朝のテレビでは内容を変更して報道していました。映し出される映像を見るにつけ声も出ません。唖然としたまま見続けていました。それでも会社へ行こうと電車をあきらめて車で自宅を出ましたが,少し走ったところで大渋滞。ラジオからは刻々と地震の被害が報告されています。1時間くらいたったでしょうか数メートルも進まず,あきらめてUターンしましたがそれも渋滞です。結局自宅へ戻ったのは,お昼を回ったころでした。その間も携帯電話で片っ端から連絡を取ろうと試みましたが全くつながりません。自宅の電話も同じ状態です。結局会社へ連絡が取れたのは3日後のことでした。4日目の朝,意を決して妻とともに車で大阪の会社へ向かいます。自宅から大阪の自宅までは約80kmほど離れています。少し進んでは止まり,途中寸断されている道路では迂回の指示に従いながら一般道路を歩くよりも遅いスピード進みました。途中のガソリンスタンド,コンビニ,商店などどこも人であふれています。道路・鉄道が寸断されて物資が届いていないのです。ガソリンスタンドでもガソリンがありません。コンビニ・商店に立ち寄っても棚には商品が全くありません。リュックを背負い道路を延々と歩いている人たちの列。ぼう然と倒壊した自宅を見ている人たち。倒れた高速道路。一部陥没した一般道路。何かが焼けたにおい。ひどい状態のまま,会社に着いたのは深夜近かったと覚えています。数日間は自宅待機ということで大阪の実家で過ごしました。大阪の実家は被害もなく,電気・ガス・水道(ライフラインといいます),食料もいつもどおり。ほんの数十キロ違うだけでこんなにも・・そんな気持ちになったことを覚えています。

数日後,会社へ戻りましたが被災した社員への対応。企業として社会に貢献できることに尽力することの指示が出て対応に走り回ったり,休日には神戸市灘区に住む友人宅へ救援物資を届けたりと自分自身にできる限りのことをしたと記憶しています。

友人と連絡が取れた時には涙があふれました。友人も結婚していたのですが,奥さん・本人とも怪我なくかろうじて元気でいるとのこと。何か必要なものは?と聞くと開口一番に「飲料水」,そして「懐中電灯」「即席めん」「簡易コンロ」でした。日頃,蛇口をひねれば衛生的な水が出て,スイッチを押せば明るく暖かな電気が灯きます。台所ではすぐに調理できる火がつきます。そんな当たり前の生活が一変してしまっていました。大阪のスーパーやコンビニで持てるだけ,車に詰める限りの物資を買い車に詰め込み,友人数名で神戸市灘区へ向かいました。行けるところまで車で行き,その後は徒歩で友人宅へ向かう段取りです。途中で車を乗り捨てて,両手に背中に背負えるだけ物資を持ち同行した友人たちと焦る気持ちを押さえながら歩を進めました。被災地で出会ったときはみんなで抱き合いました。「良かった良かった」みんな涙々の再会です。

その後1年間ほどは,本格的な仕事ができませんでした。実際に知人や会社関係者で命を落とした人もいます。

「天災は忘れたころにやってくる」

常日頃から,防災感覚を持ち突然の災害に対する備えをしっかりしておく必要があります。


阪神淡路大震災
 発生年月日 平成7(1995)年1月17日 午前5時46分
 震源地   淡路島北部
 規模    マグニチュード7.2
 人的被害  死者6,432名
 住家の被害 全壊が約10万5千棟、半壊が約14万4千棟


                学園長 中曽一彦

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1/26 卒業テスト
1/27 卒業テスト
さつき野学園
(堺市立さつき野小学校)
(堺市立さつき野中学校)
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